Resolution/決意

 

「なぜ、政治家になろうと思ったのですか?」
「医者でも十分でしょ?」

マスコミからだけではなく、街頭に立っていても良く質問されます。
今、私は、ごく自然の流れでここに立っています。
しかし、3年前まで、政治家になりたいと思ったこともない、
ごく普通の母であり医師・教員でした。

緩和医療への道

私は医師として、父が歩んだ道と同じ「がん専門医」の道を進むため、大学、そして国立がんセンターと学びの場を経てまいりました。
その中でも、私は、患者様の最期を看取る「緩和医療」を選択いたしました。

医療技術の進歩とともに、人間は病と共存することも可能となりました。
しかし、それは、多くの患者様にとって、病を抱えながら身体的・精神的に苦しむ時間が増えてしまったことを意味します。

そこで生まれたのが緩和医療です。
緩和医療は、病気を治す「CURE治療」ではなく、身体的・精神的苦痛を緩和する「CAREケア」に主眼を置きます。
まさに女医が女性としての本領を発揮できる素晴らしい仕事でした。

現場で感じた疑問

しかし、現代社会において、安らかな死・人間らしい死を迎えることは難しいことです。無意味な投薬や人工呼吸器などで、本人の意思とは関係なく心臓・肺を動かし、生かしておくことが最善の治療であると、多くの管につながれてしまう方もいらっしゃいます。
看護師には簡単な医療行為も認められず、苦しんでいる患者様を前に、ドクターに電話することしかできず、手遅れになってしまうこともあります。
手術が終わると、さっさと病院から出されてしまい、在宅医療を余儀なくされ、まともな看護も受けられぬまま息を引き取られる方もいます。
また、受け入れ先が見つかっても、最期まで、病院・施設を転々と移動させられるケースも増えています。

さらに、日本は皆保険制度の恩恵で、世界最高水準の医療レベルを提供していると言われています。
しかし、その成果は、多くの医療者の命を削って提供されていることは、一般にあまり知られていません。当直で眠っていなくても、翌日の外来や手術は朝からこなさねばならないのです。当然ミスは許されないのです。

解決法を探しに

これらの問題を解決するためにも、患者教育が必要だと感じ、大学で教鞭をとらせていただきながら公開講座でも一般市民の皆様へ情報提供を行ってまいりました。

しかし、一番の問題は、制度疲労に陥った医療・介護政策にあります。

そのため、医療制度改革を模索し、大学院で医療政策を学び、内閣官房の構造改革特区評価委員会の委員に公募で選出されました。
審議会では、医療だけではなく、様々な分野の規制改革に取り組む機会もいただき、日本が抱えるさらに深い闇に接することになりました。

さらに立ちはだかる大きな壁

特区制度は規制改革や地域分権への大きな足掛かりとなります。
そのため、会議を重ねたら重ねる程、官僚政治や既得権益の巨大な権力をまざまざと見せつけられることになりました。
規制緩和の重要性や地方分権の促進の必要性を、委員会の中で、声高に訴え続けましたが、その声は一委員の声としてかき消されてしまいました。

決意

「先生がどんなに頑張っても、諮問機関の委員でしかありません。法律を決めるのは国会議員の仕事ですから。」とある参事官に言われ、一気に目の前が開けました。
「そうか、私が国会に行き、自分の手で改革したらいいのか」と。

私は、既得権益の中で私腹を肥やすことにも興味がありません。

政局にも無関心です。

ただ、自分が現場で感じ、国民の「いのち」を守るために弊害となっている規制や
制度と向き合うために、行動しようと決意しました。